ゼロとは

無とは?~「何がない」の「何」そのものがない

無とは一体なんなのでしょうか?
「無」の扱いについては、そのテーマが「無」であるので、意味により扱いが違います。
言語としての意味は多面的な解釈はなく、「何もない」「存在しない」と言う他にありませんが、
「哲学」のテーマとしての「無」、「宗教」のテーマとしての「無」、数学が扱う「無(0)」などがあり、それぞれ解釈があります。
物理学は哲学の「自然科学」の分野で数学を用いた証明、実験で確認証明、観察でも確認証明が行われ進歩が続く学問です。

無(0)とは空間的にも時間的にも「特異」な点です。「0」と「0以外」は大きく違います。
「ある」と「ない」の対極的な違いがある特別な点ですから、これを微塵の誤りもなく説明することには骨が折れます。
これを考える方法は、「遡る」、「詰める」、「分ける」の、究極、最終として捉えるやり方があります。
ところが行き詰まります。あと一歩が判りません。現代の物理学の目標はここに集積されています。

ゼロとは

物理学が扱う「無」とはというと、こちらは非常にシンプルです。文字通り何もないことを意味しています。
何もということは、これはあるけれど、これはない。と言うものではありません。全くないのです。
何がないの?と言う疑問への回答は、それがない。と言います。「何がないか」の何を説明できないのです。
ないからです。初めから解答が存在しない「禅問答」のようですが、理解を得るための説明はできます。

それは、「今あるものも全てがない。」これが「何もない」ことの説明です。
そこで、「今あるもの」を不足なく列挙すれば「全ての何」に近づくことができます。
次に、それのリストを示しますが、「足りないもの」があるようです。
幸い、その足りないものは時代とともに見つけ出され数は補われています。しかし、やっぱり何か足りないのです。
それが何かの推測、予言は進んでいます。だから、その予言が正しいかを知るには、
「見つけ出」せば、それの存在の証拠となります。物理学者は概ね二手に分かれてその作業を行っています。
「思考実験」を進める者と「実実験(じつじっけん)」を進める者です。

これも幸い、両者共に成果が確実に上がっています。実験で観察できた「何か」は、すでに予言されている事柄であれば、
それを「実証」できたことになるし、「予言外」の「何か」が見つかれば「発見」です。
また、実証を発見と言うこともあります。

ここでのポイントは、現代物理学は「無」を明らかにすることを目標にしている。
次回は、宇宙の「4つの力」です。